意識はどこから?
近年、脳のことがだいぶわかってきた。
それによると、脳のなかでは、ニューロンという神経細胞があり、シナプスという中継点でつながっている。ニューロンどうしは軸索という神経繊維でつながっていて、この軸索に電流が流れ、ニューロンの端、シナプスへくると、そこで化学物質を分泌し、それをうけたレセプターという受ける側のシナプスが電流を発生させ、また軸索を通って電流が流れていくという仕組みだ。
この電流の流れる現象は、非常に鋭く尖った波形として観測されるために、発火、インパルス、スパイクなどと呼ばれている。
この発火が、脳内のニューロンでおこり、あるパターンをつくることで意識や思考が起こると考えられている。
どの神経が刺激をうければ、どうなるかということかなりわかっていて、『新世紀エヴァンゲリオン』でも取り上げられていたA10神経は、快感、喜びをつかさどり、創造力の根元とされている。
これだけ研究がすすんでいるのに、答えられない根元的な問いがある。意識はどうして生まれるのか? ということだ。
脳内のニューロンの発火により、あるパターンが生まれ、そのパターンが意識や思考を発生させるとしよう。すると、そのパターンの発火は、どうして起きるのかが説明できないのだ。
物がぶつかってきたときや、転んだときに手がでるような、外界からの刺激によって引き起こされる現象をのぞけば、手を出す行為というのは、思考によって引き起こされる。単純には、そこの物をとろうと考え、発火がおき、それが神経繊維を通って手に伝えられると考えてしまうが、実際には、発火が起き、物をとろうと考え、それから物をとる信号がだされることになる。
なぜ物をとろうという思考の発火パターンが物をとろうと考える前に起きるのか、説明がつかないのだ。
こうした問題に、数学者で物理学者のロジャー・ペンローズがある仮定を1989年に『皇帝の新しい心』という著作で発表したものだから、最近の意識をとりまく研究者や哲学者の間ではたいへんな騒ぎになっているという。
ペンローズはイギリスのオックスフォード大学の教授で、1967年にはあのホーキングと共同研究をして、ブラックホールの特異点定理を発表した。ホーキングはこの後、ペンローズのブラックホールからエネルギーがとりだせるとする、ペンローズ過程を発展させ1974年にはブラックホールの蒸発理論を発表した。こうしてみるとペンローズとホーキングは仲がよさそうだが、親友でありライバルであるという複雑な関係だ。
このペンローズが意識についてのひとつのアイデアを思いついた。それは「計算不可能性」ということだ。意識が起こる前にニューロンの発火があるというところから、ニューロンの発火はアルゴリズムによらないものだとしたのだ。
アルゴリズムは計算で説明ができる。ならば非計算性があることを証明しなければならない。現在の物理学や数学では、非計算性の証明ができないから、新しい理論である量子重力学によってしか説明できないとしたのだ。
この量子重力学は、現在では完成はおろか、すすむべき道もはっきりしていない理論だ。しかし、量子と重力を統合して扱える理論がないと意識の説明はできないという。
脳の中の、どこで量子重力理論が必要な現象が起きているかというと、ニューロンをつなぐ軸索だ。これはマイマロチューブルと呼ばれ、チューブリンというタンパク質が集まってできている。
マイクロチューブルは直径25ナノメートルの中空の円筒だ。そして8ナノメートルのチューブリンによって構成されている。このチューブリンは2量体といって、アルファチューブリンとベータチューブリンという性質の異なる2つの1量体からできている。この中の電子の状態がコヒーレントな量子的重ね合わせになっているという。とはいってもなんだかよくわからないが。
このチューブリンの量子的重ね合わせの段階を前意識過程とし異なる時空での量子的状態となっている。これが500ミリ秒ほど続き、しきい値に達すると、波動関数の収縮により古典的状態、すなわち現在の物理学で説明できる状態となり、電流が流れ、ニューロンの発火をうながすというのだ。これによれば、意識は500ミリ秒ごとに現実を認識することになり、連続していないことになる。
本当なのかどうかわからないが、ペンローズが言っているというところが大変なのだ。このマイクロチューブルのくだりは、非計算性を説明できるのは量子力学しかないので、それが実現できる量子的効果を発揮できる構造を脳に求めた結果のことで、マイクロチューブルは肝臓など身体の各部にあるし、このサイズでは量子的効果を発揮するには大きすぎるという指摘もある。
生物学者や哲学者、物理学者はこぞって反対しているが、ペンローズは有無をいわせぬ方程式や数式にまとめこもうとしているので、これが証明されればえらいことになる。
物質とエネルギーの関係をアインシュタインがE=mc2という簡潔な式で表してしまったように、数式には暴力的ともいえる絶対性がある。
さらにペンローズはニューロンの発火は、影にしかすぎないと言っているのだ。これは別に絶対的な世界があり、量子的時空をとおしてそことつながっていて、そこから意識を持ってきているというのだ。
だから、意識は別の世界から発見されるもので、その過程は非計算的だが確定的であるという。マイクロチューブルのことより、こちらのほうがあっけにとられる考えだ。
昔、落語家の桂枝雀が、元々は人間の心は大きな餅のようにひとつだった。それが小さく分けられ、粉をまぶされて薄皮のある小さな餅になった。もうおたがいにくっつくことはないが、落語によって、もういちど蒸しあげた状態にすれば、薄皮が溶けてくっつきあうことかできるんとちがいますやろかと言っていたのを思い出した。
なんとも情けないが、理科系に挫折したオレの理解力なんてこんなものである。
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