『くだんのアレ』を読んだ。これはとり・みき著の『事件の地平線』(筑摩書房刊1100円+税)に収録されている作品だ。
どんな内容なのかは、本を読んでもらうとして(面白いから買って読みなさい)、そのなかのエピソードに、「オジギビト」のルーツさがしのエピソードがある。
オジギビトについてもくわしくは本を読んでもらいたいが、工事現場の注意書きの看板に描いてあるマスコットのことだ。これが、いつどこで生まれ、どのように広まったのか、だれが描いたのかということは長年の謎とされていたらしい。
『くだんのアレ』のなかでは、いちおうの解決をみるのだが、さらに謎は深まっていく。
なにも友人の本の宣伝をしているわけではないぞ。これと似たケースになりそうなことをしたので、忘れないうちに、おぼえていることを書きとめておこうという魂胆なのだ。
このWebでも紹介しているが、オレの描いたもののなかに「エスカレーターのステッカーの絵」というのがある。これも、すでに謎のものになっているのかもしれない。
これは、20歳より2年間勤めていたデザイン会社で描いたものだ。その会社はパブリシティ・アドベンチャーズという会社で、市ヶ谷にあった。
電通の制作会社という立場で、ハウス食品、住友3M、朝日生命、三菱鉛筆、丸石自転車、石丸電気、秋葉原電気街などの広告物をてがけていた。
チーフのデザイナーは、岡山県で土木作業員をしていたが、腕を骨折したために東京へ出てきてデザイナーとなったという人で、年に2回しか風呂にはいらない人だった。
この人が営業もしていて、会社へ戻ってくるのが夜の6時~7時ぐらい。ここから仕事が始まるので、とうぜん帰れない生活がつづいていた。いちど出社すると1週間~10日は会社に居続けることになる。
それでも比較的ヒマな時期はあるもので、帰れるときもあったが、その日もそういう日だった。8時前には帰ろうと思っていると、チーフが会社へ戻ってきて、オレが呼ばれた。心のなかでは「あー帰ろうと思ってたのにー」状態だが、勤め人である以上、いうことは聞かねばの娘だ。
エスカレーターの注意書きステッカーにするから、このキャラクターを元にして、イラストを完成させよという命令だった。
みれば、ノートのページに鉛筆で描かれた男の子の絵が描いてある。三菱鉛筆の事務の女の子が描いたものということだった。
これをサインペンでクリンナップして、親といっしょのパターンや、エレベーター用など、合計6種類の絵を、速攻で完成させた。今日は帰るんじゃけんねモードなので素早い所業だ。こんなに長く使われるとは夢にも思ってなかったので、気合いもなにもない絵なのが、今となっては恥ずかしい。
これをチーフに渡して、デザインされてステッカーとなり全国にばらまかれたというのが、こちらの知りうるいきさつなのだが、もうすでに謎の部分がある。
エスカレーターのステッカーは「菱電サービス」(現三菱ビルテクノサービス)という保守をしている会社から頼まれたものということはわかっているが、なぜ三菱鉛筆の事務の娘が絵を描いていたのだ?
よくまちがえる人がいるが、三菱鉛筆は三菱グループとは別の会社なのだ。三菱電機、三菱重工、三菱自動車など三菱グループ系列の会社は数多くある。エスカレーターも作っているから、その保守会社としての菱電サービスは、三菱電機の系列会社でれっきとした三菱グループだ。
しかし、なぜ、キャラクターを描いたのが系列会社ではない三菱鉛筆の社員だったのか? 女子事務員と言われているが、キャラの元デザインは誰だったのか? すでに20年も経ってしまっているので、関係者が会社に残っている確率も低く、調べることはむずかしそうだ。こんなことは社史にも残るわけがない。
そして、それを清書をしたオレがいて、こちらも独自のキャラを足したり、エスカレーターに顔をつけるなどの追加をしている。誰の作というのがいいのだろうか?
もしそのステッカーに興味を持ち、ルーツをさぐりはじめても行き詰まってしまうに違いない。三菱ビルテクノサービスにいきさつを知っている人はいるのだろうか? そこからたどり着くのはどこまでなのだろうか?
20年という時間が、人の交流をなくしてしまっているし、当時の担当者は定年となっているかもしれない。
いやはや、なんともたいへんなことになりそうだ。自分が関わったものでさえ、これだけわからなくなっているので、とりさんも苦労したことだろう。それでもスッキリとは解決しなかったようだし……。
町中にあふれている作者不詳の意匠、看板とか標識とか。毎日みて慣れ親しんでいても、そのルーツをさがそうとすると、深い闇に飲み込まれてしまうのかもしれない。
そう考えると、身の回りのほとんどのものは名もなき人々の産物だ。誰が作ったものなのかわからない不安がある。その不安感から逃れるために、最近は名前入りの農作物やブランド物を欲しがるんでしょうかね?