1998年3月16日 (月)

小学生が中年になるころ小惑星がやってくる?

 小惑星が地球に衝突するかもしれないというニュースが、3月13日の新聞、テレビをにぎわせた。
 不謹慎だが、「やったー」と思った。衝突予定日時が2028年10月26日ということもあり、まだせっぱつまった感覚もない。子どものころに見たSF映画や、さまざまなビジュアルを思い出してしまったのだ。
 国際天文連合が発表したのは、「1997XF11」という直径1.6キロほどの小惑星。アリゾナ大学の観測チームが昨年12月に発見したものだ。地球への再接近時の距離は4万5000キロと計算された。これは地球と月の38万キロよりだんぜん近く、衛星の静止軌道3万6000キロよりはちょっと遠いという微妙な距離だ。
 ちょっと軌道がそれれば、地球へ落ちてくるけんね。えらいことじゃけんね、おまーら。という警告となったわけだ。
 どれぐらいえらいことかというと、海へ落ちれば、高さ100メートルの津波が発生する。陸へ落ちれば衝撃もすごいだろう。サードインパクト(笑)てなもんで、かなりの被害となるに違いない。
 子どものころには、未知の天体が地球へぶつかる仮定のものがあった。ハレー彗星がやってくるときだけでも、空気がなくなるとか毒ガスがまわりについてるとかで、金持ちはゴムチューブを買い占め、貧乏人は水に顔をつけて息を止める練習をしたとか、いまから考えるとおかしいことが大まじめだったのだ。
 さらに、未知の天体がやってくるとなると、山にロケットの滑走路をつけて脱出するとか、南極にロケットを置いて地球の軌道を変えようとか、木星を爆発させて(笑)天体の軌道を変えるとかいろいろとおもしろいのだ。
 小惑星を水爆で吹き飛ばす、そのものズバリの「メテオ」なんてのもあったな。
 実際にぶつかるとなると、どうするのだろうか? 水爆をぶつけるのは、現在でも原子炉をつんだ衛星を打ち上げるだけで環境保護団体が反対と大騒ぎになるので反対意見がでるだろうし……。
 小惑星に推進機をつけて軌道を変えるにも、どのぐらいの距離でやるかとか、接近の際の軌道とか、いろいろ問題がでそうだ。だいたい、人類は月より遠くへいったことないんだからな。
 あと30年。時間があるのかないのか? こっちは、もう70歳すぎてるから、本当にそーなれば、1大スペクタクルショーを見られるかもしれないので期待しちゃう。
 街頭には大きく「衝突まであと268日」とかカウントダウンがはじまり、人々は不安げに天を見上げ、夕食の買い物へと向かう。公園で鳩にエサをやりながら、他の老人と「いよいよ核弾頭の使用が決定したらしいですな」とか。
 かーっ!! いいねーいいねー(笑)。
 世の中どー動くのだろうかと思っていたら、翌日3月14日の夕刊にNASAが、小惑星は地球から100万キロ離れた地点を通過するので、衝突の心配なしという発表をしたという記事が載った。
 たった1日で地球の危機は回避された。つまんねーの(笑)。でも、あまねく小惑星はこうしている間にも地球を狙って飛んできているかもしれないのだ。

| | トラックバック (0)

1998年11月23日 (月)

降るような星

 11月18日未明、寒空のなかをポカンと口を開け、空を見上げた人はどれぐらいいるのだろうか?
 しし座流星群が、33年ぶりに見えるということを、マスコミでは大騒ぎをしていたため、誰もが夜中にうろうろとしていた。
 結果はご存じのとおりである。
 どうも、流星群というやつには、若い頃からだまされていた。20歳ぐらいのころには、なにかの流星群(ジャコビニだったか?)が見えるということで、当時勤めていたデザイン会社が入っている市ヶ谷のビルの屋上へ上った。
 毛布を敷き、天空を見られる体勢で、ずーっと空をながめていたが、なにも見えなかった。いつかはきっと見えると思いつつ、とうとう、屋上で寝てしまったために風邪をひいた。ただのアホだ。
 その後も、何回か流星群が見えるという報道があるたびに、空を見上げていたが、まともに見えたことはなかった。
 そして今回である。事前から、33年ぶりとか、史上最大規模だの1時間に一万個など、雨のように流星が流れるイメージがつくられていった。
「すごい、降るような星だ」という、『2010年宇宙の旅』のボーマン船長のセリフが思い出された。空一面に雨のように星が流れるとなれば、おちおち寝ている場合ではない。
 ピークは午前2時~4時ということだ。これなら、ふだんのこちらの生活時間にピッタリと合っている。
 よーし、と鼻息もあらく、夜になるのを待っていたのだが、最近は暗くなるのが早い。夜6時ともなれば、真っ暗だ。空を見上げると、少し雲がかかっている。しかし。東南から南の空は雲が切れている。これなら見えるだろうと思うが、待ちはじめると時間の経つのは遅くなる。
 こんなときに、東宝映像美術のタナカちゃんが現れると話は簡単だ。
「ま、ビールでも飲みながら……」ということになる。ところが、ビールだけではおさまらない。ワインを開け、焼酎を飲み、気がつくとタナカちゃんは寝ている。
 時間は午前0時をすこしまわったところだ。夜空を見上げつつ、家路を急ぐことにした。
 部屋へ戻り、あと1時間と思っていたら、寝てしまったらしい。目を開けると、目の前に畳の目が大きく見えていた。時計を見ると午前3時すぎ、あわてて窓を開けて外を見るとなんと明るいことか。流星雨で空が光っていたわけではない。街灯や家の門灯が煌々と輝いているのだ。電気を消しなさい。
 部屋の窓は、北と東にしかないので、身体をねじるようにして南を見る。数分眺めても、なにも見えない。なにが雨のようだと悪態をついていると、すーっと1本、明るい流れ星が見えた。
 これは、外で見なければと思い、近所の公園へ足を向けると、たくさんの人がいる。午前4時近くだというのに、なんということだ。
 群れて見るのも恥ずかしいので、空を見上げながら帰ってきたが、ひとつも流れ星は見えなかった。そして空は雲に覆われてしまった。のちの話を総合すれば、東京世田谷区では1時間に10個程度しか見えなかったとのことだ。
 流れ星に願いをかけるというが、それは流れ星を、ほとんど見ることができない、ということからきているのではないだろか? 願いはめったにかなわないことを暗示しているのだ。
 1時間に1万個もの願いが届いたら、神様もてんてこ舞いで、さぞかし大変だろう。 

| | トラックバック (0)

1999年10月18日 (月)

宇宙にいるのはおれたちだけかい?

 こないだからSETIをはじめた。
 こう書くと、「冷やし中華はじめました」とか「ダイエットをはじめた」とか、そういったものと同義と思われがちだが、SETIはれっきとした科学実験プロジェクトなんである。
 SETIとは、Search for Extraterrestrial Intelligenceの略で、地球外知性生命体をさがそうというものである。 Extraterrestrialの略語が映画でも有名になったETであり、本をよんだり、フンを踏んだりするわけだが(え? あれはフォン・ホームだって)、意味するものは地球外生命体だ。
 こやつらは、いきなり宇宙船に乗ってやってきたりしない。宇宙があまりに大きく、その移動に時間がかかりすぎるからだ。
 進歩した科学力があればそんなことはないというのが、UFO飛来派の人々の意見だが、やっぱり無理だと思うぞ。
 でもって、遠くへ行けない場合にどうするかというと、まず、自分がここにいることを示すのではないかということだ。それに使われるのが電波であろうという部分に可能性を賭けてみたというわけなのだ。
 もともとは、Communication for Extraterrestrial Intelligenceの頭文字をとってCETIと名づけられた。ああ、あの娘と話したいという欲求がでてきた第二次性徴期のニキビ面少年期に地球文明も突入したということだ。
 1960年にはオズマ計画が実行され、アメリカ国立電波天文台のフランク・ドレークが、アメリカは西バージニア州グリーンバンクにある26m電波望遠鏡を使って宇宙人からの通信を受けようとしてみた。探査波長は21cmで、電波望遠鏡のアンテナを、太陽近傍にある太陽によく似た2つの恒星(エリダヌス座ε星、くじら座γ星)に向けたのだが、そんなに簡単になにかがみつかるわけがない。
 こんどは、地球人であるわしらも、宇宙のここにおるぞということを示すために、宇宙へ電波を送ることが行われた。1974年11月16日には、プエルトリコのアレシボ天文台の305m巨大電波望遠鏡から、2380MHz近傍の波長の電波メッセージを24,000光年離れたヘラクレス座球状星団 M13へ向けて、はじめて発信した。
 コーネル大学の首の長いおっちゃん、故カール・セーガン博士らが中心となって作成したメッセージには、素数やDNA、人間、太陽系などを表す内容が、2進数の信号に変換されて入っていた。ちなみにカール・セーガンは、宇宙からの電波を待ち続けて首が長くなったのではないかと思うぞ(笑)。
 こうした電波に返事がくるわけはない。SF作家たちは、宇宙人からの返事がきたら、「もっとむずかしい問題をよこせ」と書いてあったというヨタをとばしていたが、その後は、先方の電波を探し出そうというSETI計画に変更された。
 1992年10月には、NASAのSETIプロジェクトがスタートしたが、予算削減のあおりを受け、開始後たった1年で中止となってしまった。世の中、なんでも金なんだなぁ。
 その後、民間の資金を導入してフェニックス計画というSETIを再開したが、予算の都合で探査目標を絞って観測している。これでは、データの見落としがあるかもしれんというので、カリフォルニア大学バークレー校が中心となりSETI@homeというプロジェクトが1999年5月から開始された。
 プエルトリコにあるアレジボ電波望遠鏡では1日およそ35ギガバイトほどのデータを記録しているが、それを米カリフォルニア大学バークリー校に転送し、約300キロバイトほどのデータに分割し、サーバーへ置いておく。スクリーンセーバーのようなSETI@homeクライアントソフトを使い、インターネットに接続しているコンピューターを使っている人にデータ解析を「タダで」手伝ってもらおうというものだ。
 データ解析は、ユーザーがコンピューターで作業していないときにスクリーンセーバーとして働き始め、電波を自動的に解析する。各家庭用のパソコンには20メガバイトほどのディスク容量の空きが必要だが、ユーザーは特別なことをする必要がない。解析が終わったデータは、ユーザーがインターネットに接続すると、自動的にバークリーに送信される。
 パソコンが5万台あれば、その探査範囲は現在行われているすべてのSETIプロジェクトに匹敵するというが、すでに参加者は100万人を越えているとのことだ。
 これはすごいことだが、世界中のコンピューターのほとんどが、スクリーンセーバーを動かすことにしか使われていないことに着目した、プロジェクトリーダーのDavid P. Andersonという人もたいしたものだ。コンピューターを遊ばせておくなら、その時間で、わしらを手伝ってくれということなのだ。わしも、初めてMacを買った時に、いちばん最初に買ったソフトがAfterDarkというスクリーンセーバーだったので、なんとも面目ない。
 だが、いまはスクリーセーバー代わりに、SETIが動いているのだ。ちょっとは全世界的規模の科学プロジェクトに参加しているようで、楽しい気分だ。面白いから皆も参加してみたらどうだろうか?
 だが、宇宙人の痕跡が見つからないかと、仕事そっちのけでスクリーンセーバーを動かす時間の方が長くなってきた。これじゃ、いったどっちが本業だかわからない。 

| | トラックバック (0)