1999年3月 8日 (月)

税金における三角関係

 この時期、確定申告のため、領収書の山と格闘するはめになる。1年分の光熱費や、電話代などの領収書が、なぜか1年分見つからないのである。捨てたおぼえはないので、部屋のなかのどこかにあるに違いない。領収書置き場をきちんときめてなく、ばくぜんと机のまわりとしているために受ける報いだ。
 したがって、確定申告のためには、大掃除をしなくてはいけなくなる。このために、やたらと時間がかかってしまうのだ。そうやって、本や紙の山を発掘していると、進行途中で消えてしまった企画や、発注の打診はあったが、うやむやに消えてしまった企画についての書類が見つかることになる。
 こうした仕事がなくなったことにより、1998年度の収入は惨憺たる結果だ。まだ、大まかにしか計算をしていないが、過去10年来最低ということになりそうだ。
 会社に勤めているわけではないので、翌年も同水準か微増した収入というのは考えられない。仕事があるかないか、単価がいくらであるかはまったく未知数だ。ここらへん、漁師と同じと考えることができる。事実、税務署では、作家と漁師は、変動所得が認められる同じ税区分に属するという。
 数年前、バブル経済の終末期に、たまたま、年収が大幅にアップした年があった、前年の2倍近くになったのである。すぐさま、税務署から刺客がおくりこまれ、青だの白だのといった新Power Mac G3のようなことをちらつかせ、税理士のところへ連れていかれた。
 青色申告をしろということなのだが、この理屈がわからなかった。いわく、青色にすると、税金が節約できるということを、税務署が言うのである。
 これは、理屈として考えるとおかしいことである。企業は利益を追求しなくては成り立たない。これは、日本を企業として考えた場合でも同じだ。ここで、収益をあげる手段というのは、税にたよるしかないのである。なるべく、税金を多くとりたいと考えるのが、日本という企業としての健全な態度だ。
 これを、少なくしようなどと考えることは、企業の理屈としては考えられないことだ。ならば、この裏にはなにかがあることになる。
 青色申告にすると、白色申告よりも控除額が多くなります。だから税金は少なくなりますが、そのためには、きちんとした帳簿が必要ですということになる。この帳簿は、書式がむずかしく、とても素人が数時間勉強して書けるようになるというものではない。
 したがって、青色申告会に入りなさい。税理士に税務相談をしなさいということをすすめられる。いきなりだとまずいのか、最初は税理士による、帳簿の付け方の指導ということで、税理士事務所へ連れていかれるのだ。
 そこで、1時間ほど説明を受けても、帳簿が書けるようになるとは思えない。あまりに煩雑だからだ。最後になると、税理士が、帳簿をつける業務を請け負ってもいいようなことをほのめかすようになる。金額を聞くと、国税還付金などふっとんでしまう額だ。
 ここで、からくりがわかってきたのだ。青色申告会推薦の税理士は、たいていは税務署を定年退職した者ということらしい。そこには、税務署との太いパイプがある。そこで、税金の申告時には、その税理士のつくった申告書は無条件に認めましょうという密約があるのではないかと思う。となれば、多少の脱税に手を貸していても、目をつぶるということではないのか。
 納税者の理屈としては、税金を少なくする。あるいは、ふつうなら認められないような経費をそれらしく通してしまう税理士は、いい税理士ということになる。そういう人になら、金を払ってもいいと考えてしまうのだ。これをうまく利用した、税務署、青色申告会、税理士の合わせ技という気がしてならない。
 税務署員にとっては、退職しても、税理士として後の生活は保証される。青色申告会の役割は、手続きを複雑化することによって、ムダな仕事を増やすことができ、退職した税務署員の雇用を増やす結果となる。そして、そこの税理士は、庶民の味方といった顔をして、結局は税をより多く徴収する片棒をかついでいるのだ。なぜなら、税理士への報酬によって、それを収入としている税理士も税を納めるわけだから、これが多くなれば、税金も多くなるということになる。
 国にとっては、役人の定年後の雇用をつくれるわけだし、税収も増やすことができ、大きな脱税がないように見張ることができるという一石三鳥の考えに違いない。
 こうしたからくりが想像できると、とても不愉快になった。税理士の「お手伝いしますよ」という申し出も断って帰ってきた。
 その後、収入は毎年減り続け、青色申告をしてもうまみのある金額ではなくなってしまった。昨年の総年収を計算し、顔色だけは青くなっているが。 

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