あいさつのマニュアル化
最近、編集者からの電話のあいさつが気にかかる。とくに若い編集者からだと、
「お疲れさまです。○○編集部の○○です」か「ご苦労さまです。○○編集部の○○です」と、みな同じような紋切り型で会話がはじまる。
受ける方としては、みなが同じようにあいさつしてくるところが気になる。これでは、ファストフードのマニュアルではないか。
あまのじゃくなものだから、「お疲れなんぞしてないぞ」「仕事発注者にご苦労などといわれる筋合いはない」などと心のなかで悪態をついたりする。
24歳で、この業界にはいってから、いろいろな編集者とつきあってきたが、みなそれぞれに電話での第一声には、その人間の特徴がでていた。
「ふっふっふ」だの「仕事しとるか」だの「ういーす」だの、「毎度」「わしじゃ」「寝てたか?」だの、それなりに状況を把握し、自分の考えで話していたように思う。
それを、最初から「お疲れさま」では、編集者として、「すでに負けている」状態だ。物書きと編集者との間には、ある種の緊張状態が必要とされる。書いているものに対し、なにも理解の片鱗もみせず、ただ、原稿を持っていくだけなら、これはお使いでもできる。
書いていることに対して、ある部分では物書きと知識を共有していないと、編集者としては意味がない。うかつなものを書くのではないぞという態度をみせていなければならないのだ。
そこで、あいさつなんである。これは、物書きと編集者の勝負の第一歩となるものだ。どこまで現状を理解しているか、物書きの性質を知っているかで、どのように話すかが決まってくる。ボクシングでいえば、最初にかるくジャブをだしてみるという状態だろう。
さぼり癖のある物書きになら、「おい、今まで遊んでただろう」だの「毎度、ところで昨日飲み屋にいたでしょう」だの、かまをかけてみるという手もある。
煮詰まるタイプになら、「煮詰まってますかー」とストレートにいっちゃう手もある。こうして、いろいろな第一声を使い分けることによって、「こやつできるな」と思わせないといけない。物書きにバカにされるようでは、対等に仕事はできない。
おかしなもので、ふつうの仕事なら、発注者のほうがえらい態度をとるが、ものづくりの世界では、そうはならない。
ネジを10万本発注し、納品の日にあがってこない場合には「どーなってんだ? このやろー」という態度で電話をするだろう。出前の食い物が遅いときにも、同じ態度となる。
ところが、作品があがってこないとき、締め切りの日をすぎていても「お疲れさまですぅ」では、まずいのではないだろうか? なにも現状を把握していない、ウニ頭と思われてもしかたがないのだ。
現在はマニュアル社会だ。子どものころから試験においても、傾向と対策がマニュアル化されている。自分の考えで行動するよりも、あるパターンに乗ってしまったほうが楽にすごせるようになっている。
こうしたことから、だれもが、同じような行動をし、同じようなことしか喋らなくなってしまった。あたりさわりのない行動をとっていれば、自分が摩擦を起こすこともないと考えているのだ。
これはある部分、うまくいくかもしれないが、予期せぬ事態となった場合には、あっという間にトラブルは大きくなっていく。自分の頭で考えて行動してもらいたいものである。
第一声が「お疲れさまですぅ」とくると、自分の頭で考えてないなと思う。そうしたタイプの編集者と仕事をしていくと考えると、どっと「疲れ」がでてくる。
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