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2004.05.05

自転車はただの迷惑者になっているのか?

 こないだ買い物に行くのに、第二京浜国道の車道の左側を1キロほど走ったら、クルマがすぐ脇を追い越して行き、抜くとすぐに左側へ寄せて進路をふさぐのにはびっくりした。バスにまでやられたので、危険を感じ、歩道へ乗り上げて走ることにしてしまった。
 tosh氏も書いているが、クルマの運転手は自転車やバイクに車道の左側を走ってもらいたくないと考えているようだ。
 クルマの側に問題があるのか、自転車の側に問題があるのか、クルマ乗りによると「自転車に左側を走られるとコワイ」ということがあるようだ。
 こうしたことから、左側を走られると邪魔、事故ってもらって巻き込まれたくないという考えが生まれるのだろう。
 そう考える原因は自転車の側にもありそうだ。自転車はいまや走る迷惑物となっているからだ。
 車道の左側を走ってみると、逆走(右側通行)の自転車、無灯火、横からいきなり飛び出してくる自転車と何度も怖い思いをする。
 二人乗りでフラフラと走っているものもある。クルマの運転者側としても怖い、それは事故のときには面倒という思考からだろうが。
 自転車がクルマの脇を走っていて、勝手に転倒して搭乗者が死亡したりしたら、すぐ脇を走っていたクルマの運転者が調べられるに違いない。いきなり罪を押し付けられてしまうかもしれない。免許は停止となり生活にも影響が出る。これでは不合理だ。
 だから自転車は車道から追い出す。
 こうした考えは、近年の人々の思考「汚いものを排除する。問題とは向き合いたくない。世の中には声高に権利のみ主張する」というものに基づいていそうだ。
 問題を認識し、解決しようという意識を最初から捨ててしまっているわけだ。
 道路という世界のなかで、ルールに沿って動かないといけないなかで、ルールを知らない者がいると不安だ。実社会のなかで無法者がまざって暮らしているのと同じということなので、さわらない。無視する。どこかへ行って欲しいと思うことでしか対処しようとしないわけだ。

手に入れた権利も手放すことに

 道路という世界の中で、ルールを守り、共存していくという姿勢が、クルマの側にも自転車乗り側にも欠けているのだ。だから天からの決め事が欲しいと「自転車道をつくれ」という解決策をどちら側も主張することになる。
 川崎市内で、自転車の通行帯が併設されている道路がある。歩道、自転車道、車道という作りで、間には植え込みの緩衝帯があるという立派なものだ。
 しかし、自転車の一団は歩道を走っていた。これでは自転車道を作っても仕方がないと思われてしまう。ルールを守らないことで自分たちの権利もなくしていってしまうことになりかねない。

001.jpg
こうした自転車道を作っても問題は解決しない?

 同じように輪行の問題もある。昔はJCA会員で手荷物切符を買わないと電車内に持ちこめなかったが、JR東日本がトレンクルを発売したのをきっかけに自転車の車内持込が無料となった。
 だが、それには輪行袋に入れて、他の乗客にケガをさせたり迷惑にならないことという最低限のルールが課されている。
 輪行をしている人のなかには、自転車をむき出しで持ち込んでいる人もいるようだ。また、ゴミ袋をかけただけというものもある。
 乗客がはずみで自転車にぶつかったときにケガをさせないことを考えると、ある程度の厚みを持った袋に入れるとか、乗車時刻(ラッシュ時は論外)、乗せる位置も考えないといけないだろう。
 こうしたルール(マナー)も、「タダで自転車を電車に持ち込める」という権利だけ浸透して守られないようだと、乗客からの苦情や、乗客にケガをさせたという事実が出てきたときに、自転車の輪行に制限がかけられることだろう。
 ちなみにJRは輪行OKだが、私鉄のなかにははっきりOKとしていないところもある。JRに倣えでなんとなくOKにしているところもあるのだ。
 こうしてルールを守らないことで、手に入れた権利を自ら捨てていくことになるかもしれない。

無関心、問題の棚上げの招いた結果

 車道での自転車、自動車の問題を手っ取り早く解決するために、自転車は歩道へ追いやられたわけだが、やはりこれは間違っていたのだろう。
 自転車、自動車の側にルールを守ってとか、お互いの存在を認めるという雰囲気はなくなってしまったからだ。
 こうして自転車は、歩行者と同じ行動基準を持ち、交通ルールのなかでは動かない乗り物となった。
 ルールの監視者である警察や行政は、自転車は歩道へということでルールを教え込む義務を怠った。
 自動車乗りは無法者は同じ車道にいて欲しくないと思っている。
 自転車は勝手に走れると信じている自転車乗りも多い。
 道路上のルールに無関心で過ごせる期間も限界にきているのだろう。問題を直視させない形にしたことで、すべてに無関心、無知、関係ないという意識が自転車乗りや自動車乗り、歩行者に生まれてしまった。
 自転車も交通違反は逮捕すると警察が言い出したのは、無秩序が進んできたからだと思うが、その原因は問題を隠したことにありそうだ。
 自転車道を作ること、自転車と自動車が認め合って車道を走ること、こうした問題を考えて解決していくことには時間も金額もかかる。その手間をなくして解決するには自転車を歩道に上げることが手っ取り早かったのだろう。
 そのツケが今、大きく膨らんで目前に提示されることになった。25年前の解決策は大きなマイナス要素を作った。これを解決していくには、どれだけの時間がかかるのだろう?
 心ある自転車乗りは、自分でこの問題を解決していかないと、解決策は天から降ってはこない。

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コメント

米田さん、こんばんは
幅寄せで怪我が無くて何よりです。
自分は、15年ほど前に仕事で米国に居たことがあり
そのとき現地の運転免許を取得しましたが、米田さんやtoshさんのコメントを見て、当時のことを思い出しました。
カリフォルニア州の一般道路にはBike Lane が設置されている場所が多くあります。
もっともこれは、川崎のような立派な植え込みがあるわけではなく、車道の両端から2mくらいにラインが引いてあるだけです。
自動車を運転する場合、交差点付近を除いてはBike Laneへ乗り入れることは絶対に許されません。
免許を取得する際の実技試験でも、Bike Lane に乗り入れた瞬間に助手席の試験官は、サイドブレーキを思いっきり引いてストップさせ、
その場で不合格を言い渡します。逆に交差点付近は、巻き込み防止のために端に寄るのがあまいと不合格です。
日本の教習所でも同様のことを教えているはずですが免許を取ってしまえば自己流がまかり通るのも問題かもしれませんね。

投稿: 古紙 鉄屋 | 2004.05.06 23:45

古紙さん、どうも。
 日本の教習所だと左側は1メートル空けて走る。交差点では30センチまで左側へ寄せるでしたね。

 バスの場合、左へ寄せる運転手の心理もわからんでもないです。停留所で止まったときには人が乗り降りするわけですから、ここへ自転車が入ってくると困る。

 実際、止まって老人が降りているところへ女子高生の自転車が突っ込んでいったのを目撃してますから(自転車はギリギリで止まったが、そのまま走り去る)、バスの運転手は左へ寄せたくなるわけです。

 バスが停留所で止まったら、人が出てくるという想像力の働かない女子高生もバカですが、これが大部分の自転車乗りの行動の代表なんでしょうね。

 まぁ、バス通りは自転車で走りたくない道のひとつですね。

投稿: 米田裕 | 2004.05.07 19:33

私は「喫煙者に人権はないっ」という暴言を吐くことがあります :-p。「健康に生きる」という最大の権利を自ら放棄しておいて、他の権利は主張するという状況を揶揄して言っているのですが、喫煙者のマナーの悪さを非難した言葉でもあります。

ふと、自分達を振り返るに、もしかしたら自転車乗りにも人権はないのかしらんと思うことも。マナーの悪い人が多数派になると、全体が悪いことになりますからね。「車道を走れ」というのは、自転車乗りに課せられた義務であると同時に権利でもあるのですが、今の状況では、権利を失う日も近いとも思いますよねぇ。

投稿: tosh | 2004.05.08 09:04

自転車は免許が要らないので、何も免許を取ってない人は、交通ルールもうろ覚えの人が結構いるんじゃないかと思います。歩行者と同じ感覚で走ってる人もいると思います。自転車免許というものが必要なんじゃないかと思います。30km/hは出せる乗り物ですから。

投稿: 一二三 | 2004.05.26 19:13

免許制度はダメですよ。

免許制度があってもマナーの悪い原動機付自転車というものもあります。交通ルールってのは、やっぱり子供の頃からの教育が大事でして、そちらをきちんとやって、「常識」を作らないとダメなんです。そもそも、就学前児童でも乗れるものにいまさら免許制度もないでしょう。

実はワタシのもう一つの趣味の、ヨットの方でいつも問題になってます。小型船舶免許ってのは、世界に類を見ない制度なのですな。「免許を持ってる」ってことで、「一人前」であるというお墨付きを国家が与えることになるのですが、実際には技量不十分な人が海に出て、エラい騷ぎになってます。所詮、試験で測れる技量ってのは、必要な技量のごく一部なので、そんなものでお墨付きを与えるのは害の方が大きいですよ。

投稿: tosh | 2004.05.27 00:17

 一二三さん、こんにちは。
 免許以前に教育の部分もあるかと思います。いま、自転車乗りに守ってほしいことは最低3つ。

・右側通行をしない
・赤信号で止まる
・無灯火で走らない

 これだけでも、かなり交通社会のなかで居場所がわかりやすくなると思います。
 あと、それをすることが「当たり前」「かっこいい」と思わせる必要があります。
 自転車協会にアイドルチャリタレ(ターニー6とかネクサス7とか、6人組や7人組)なんかを作ってもらい、子供を啓蒙でもしてもらいますか(笑)。

投稿: 米田裕 | 2004.05.27 14:22

返事ありがとうございます。確かに、免許持っていてもマナーの悪い自動車・二輪も多いですね。守らない人は、捕まっても全然反省しなくて、「みんなやっているからじぶんもやる」「運が悪かったなぁ」ぐらいにしか思わないようで。国民性なのかなぁ。そういう大人たちを見て育った子供がそういう大人になっちゃって・・・。根本から変えないとダメですね

投稿: 一二三 | 2004.05.28 22:24

小さなことですが、もし自転車に乗っているのなら、赤信号で止まる。左側を走る。灯火する。ということを実践してくださいな。

ヘルメットもかぶって走ってますが、怪訝な顔をして見る人もいます。それでも自分の考えでかぶっているものです。

他人がどうのという考えはすててください。自分がどう行動するかなんです。案外、子供たちは見ているかもしれません。

投稿: 米田裕 | 2004.05.29 01:09

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» 小中学校での自転車指導 [blog - tosh's Web Site]
自転車のマナーが悪いのは、子供の頃に正しい乗り方を指導してないこともあるからだと思います。以前も書いた気がするのですが、近所の自転車店で以前聞いた話は「最近は小... [続きを読む]

受信: 2004.05.08 10:56

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